ペン習字は万年筆とは違うのか?父と私の使用感

ペン習字 資格ペン習字

万年筆はペン習字とは違う?

もともと私は習字を習いたくて小5から中3まで習字を習っていました。

私の父は作家になりたくて万年筆はたくさん家にありました。

私の高校入学のお祝いは時計と万年筆でした。

高校時代に美術か書道を選ばねばならず、私は書道にしました。

その中で高1の時にボールペンで、硬筆コンクールに出せと言われて、何回も書き直し、出したところ放送局に奨励賞なるものをいただけて授賞式に出ました。

しかし、高3の先輩はもっと上の受賞でした。

もともと習字はしてきて、年賀状を筆ペンペン習字のように書いてみたくて、その翌年は何枚も表書きは書道で書くような書き方でしました。

万年筆の思い出やペン習字について

ペン習字 万年筆

父が原稿を万年筆で書いているのを見て、借りて書いてみました。

それもペン習字みたいに液を筆先に少しつけながら書いていきます。

最近で言うと、天外者という映画の中で主役の三浦春馬さんがお金を作るために、自分の持っている才能で売れるものは知識と言っていました。

どうすれば、日本は他の国に取られずに生き残れるのかを論文のようにレポート用紙みたいなものにスラスラと書いている姿が印象に残っています。

父が原稿を書くときに万年筆を使いたかった気持ちが分かります。

形から入っていくタイプでしたが今考えても面白い自由人でした。

今も未だ空き家になった実家に残っています。

ペン習字のように万年筆で書いてみた経験について

万年筆をペン習字のようにきれいに流れるように手紙でも書けるようになると私も気持ちがいいのを感じます。

高校の入学の時のお祝いの時にもらった万年筆は、中にインクを差し込むタイプで長く使っていました。

しかし、父が持っている沢山の万年筆はそういうタイプのものではありませんでした。

インクを脇に置いて使うタイプです。

私は、父が生前何か小説の勉強のために書き写した原稿がそういう風に書いてありました。

その時はただ書き写したものと考えましたが、もし自分の文章で書けていたらもっと違ったかもしれません。

私もまだまだ形から入っていて本物ではありません。

ペン習字と言えるのか?万年筆の自分なりの考察まとめ

いつか父が成しえなかった本を出す夢を自分が成しえてみたいです。

その時に使ってペン習字みたいにスラスラと脇にインクを置いて原稿用紙に自分の文章を書いてみたいです。

あまり本を読んでいないので拙い文章を書く事しかできませんがそれでも満足です。

駄文でもいっぱい書いて書いて書きまくってみたいです。

その時は父の残した筆も使ってみたいです。

でも、父はいったいどこでそういう万年筆やインクを購入したのでしょうか。

そういう形から入る父は、パソコンも使いたいけれど教えてくれと言ったきり使えないままあの世に旅立ちました。

タイトルとURLをコピーしました