ペン習字と美文字の基本を習得するまでについてまとめました

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美文字の基本を知らずにいた過去のトラウマとペン習字との出会い

書道を習っていた小学生時代、基本的に自分の字はそこそこまともな方だと思っていました。

雑誌のペン習字の広告を見ても、自分には関係ないことだと読み流し、それはアップデートされることなく学生時代を過ごし、就職し、結婚することに。

結婚祝いをもらった親戚にお礼状を書くことになった際、夫と分担して数件のお礼状を書きました。

そのことを聞きつけた義母からの電話によって、自分の文字の他人からの評価を思い知らされることとなりました。

義母は見事に夫が書いたお礼状の送付先の親戚の名前だけを挙げ、「字がきれいって褒めてたよ」と。

ペン習字を始めて基本を身に着けるべきかどうか迷うことに

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それまでは「読みやすい字だね」と職場では褒められることが多かったので、何の疑問も持たずに過ごしていました。

よくよく考えればそれらは決して美しい文字を書いていると言われたわけではなく、社会生活で基本となる”情報を伝えることに適している文字”だとの感想でした。

未熟な自分はそれだけではなく、それまでプレゼントを贈る際に一筆添えていた義実家への手紙も、義母から自分への評価の対象になっていたとひとり勝手に傷つきました。

ペン習字を習ってからじゃないと書けない勝手に思い込んで、プレゼントに一筆添えることも出来なくなりました。

身近にペン習字を習っている人がいた驚きと基本に立ち返った自分

自分だけが傷ついていたと思い込んでいたある日、自分の実家で思いがけない話を聞きます。

義妹がペン習字を始めたこと。

「字がきれいになってるのよ」との母からの感想。

きっかけやどのような思いで義妹がペン習字を始めたのかはわかりません。

ただ、その時の私はもしかしてという思いで胸が痛くなりました。

母や義母の年代の人間にとって、自分はともかくお嫁さんと呼ばれる義娘には、基本的に美文字を書いてもらいたいという願望があるのだと思います。

姿かたちだけでなく、文字の美しさまでが人を評価する基準である事、そしてそのことに傷つく自分がいました。

ペン習字の広告とそれを選ぶ自分の基本的な考え方

雑誌の広告、新聞の折り込み広告等ペン習字を始めるきっかけはたくさんありますが、IT化が進む中で美文字を書くことについて必要性を感じない気持ちもあります。

簡単に始められそうなことでも、一歩踏み出す勇気も必要です。

ただ、数少ない手紙を書く機会や配送の伝票を書く際に、ほんの少しだけ美文字で相手への感謝の気持ちが伝えられたら嬉しいなと思うようになりました。

大切な家族を喜ばせたいという基本的な自分の思いが、自分の文字によって相手に伝わるのであれば、それも良いのかなと。

ひとりで勝手に傷ついていた過去の自分にも、美文字で明るく前を向くことができるのならと伝えたいです。

難しく考えずに、気軽に一歩が踏み出せるようなペン習字との出会いを見つけられるといいね、と。

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